心に残った本(2016年)

 年々、読了本が加速度をつけて減り、再読本が微かながら増えている。フィクション系と数学自然科学系が激減し、政経倫社系と歴史系が増加傾向にある。
 通販での中古本、電子書籍の購入が増え、遠隔複写サービスの利用が新登場、同時拡散的、部分熟読型の読書スタイルが定着しつつある。
 歳のおかげで一度や二度読んだくらいでは到底、身と頭に浸潤せず、何度でも繰り返しあたかも初めて接するがごとく楽しめるようにもなった。
 本を買う、読むということの内包と外延が拡張しつつある。


伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』


 今年「発見」した新人(私にとっての)。簡明で深い。『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』も記憶に残る。ツイッターでフォローしている四人の内の一人。


市川浩『〈身〉の構造──身体論を超えて』


 今年「再発見」した鬼籍の人。『精神としての身体』を再読した後、続けて『身体論集成』『〈中間者〉の哲学──メタ・フィジックを超えて』を読了。折に触れ『現代芸術の地平』その他を参照している。
 ちなみに『精神としての身体』と『〈身〉の構造』以外はすべてAmazonの中古本。丸山圭三郎の単行本も含めて今年は随分たくさんの廉価中古本をネットで買った。


中島義道『不在の哲学』
野矢茂樹『心という難問──空間・身体・意味』


 フォローしている現役の日本人哲学者の「主著」の刊行が続く。中島本、野矢本ともに必要に応じて再読、三読の上、熟読玩味する常備本。ここに永井均存在と時間──哲学探究1』を掲げたかったが、何しろまだ読み終えていない(読み終えられない)のだから仕方がない。
 永井本では他に『改訂版 なぜ意識は実在しないのか』と『西田幾多郎』を再読。(『哲学の密かな闘い』と『哲学の賑やかな呟き』が今年もまた越年。)
 関連本では電子書籍版『現代哲学ラボ第2号──永井均の哲学の賑やかさと密やかさ』が(『現代哲学ラボ第1号──入不二基義のあるようにありなるようになるとは?』ともども)面白かった。また鈴木康夫『天女[アプサラ]たちの贈り物[マーヤー]』が濃い印象を刻印するも、いまだ「整理」がつかない。


加藤典洋『戦後入門』
●加藤洋子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』


 今年読んだ戦後史関連本から。他に矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないか』が記憶に残る。


柄谷行人憲法の無意識』
●互盛央『日本国民であるために──民主主義を考える四つの問い』


 今年読んだ政経倫社本から。他に井上達夫憲法の涙──リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください2』が記憶に残る。


●マーク・グリーニー『暗殺者グレイマン
ダヴィド・ラーゲルクランツ『ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女


 ジャック・ライアン・シリーズでは、昨年の『米露開戦』に続き今年はトム・クランシーの後継者マーク・グリーニーによる『米朝開戦』を堪能したが、オリジナル・キャラクター(グレイマン)は新鮮かつ格別な味わいがあった。『暗殺者の正義』『暗殺者の鎮魂』『暗殺者の復讐』『暗殺者の反撃』と五部作を一気読み。
 一気読みでは『ミレニアム4』も負けていない。極上のエンターテインメント小説で、いまだに慣れない(没入しきれない)電子書籍版で目が痛いのも構わず読み耽ったのはこの本が初めて。
 電子書籍では他にジェイムズ・エルロイ『ホワイト・ジャズ』も独特の文体(「呪文のような」と解説の馳星周は書いている)と絡みつくテイストが楽しめた。ただiPhoneの小さな画面で、しかも断続的に読み進めたのでストーリーと人物の関係が掴めなかった。


●井筒豊子『白磁盒子』


 Amazonで中公文庫版の中古品を取り寄せ、ほぼ2年かけて読了。橘外男久生十蘭を足して微量の澁澤龍彦をふりかけたような極上のテイスト(と「日記」に書いた)。
 村上博子(文庫解説)が絶賛する「モロッコ国際シンポジウム傍観記」を国会図書館の遠隔複写サービスを利用して取り寄せ、年の始めの初読み用にとってある。続けて蓮実重彦の『伯爵夫人』を少量ずつ惜しみながら嘗めるように読み進めている。


●三上春海・鈴木ちはね他『誰にもわからない短歌入門』
和辻哲郎『日本語と哲学の問題』


 永井均ツイッターで『誰にもわからない短歌入門』という本があることを知り、速攻で取り寄せた。和辻本は「精読用テクスト」というコンセプトに興味を覚えた。
 どちらも書物の「かたち」(物としての本の姿や出版の形態、趣向など)が気に入った。内容もよかったが(特に『短歌入門』)何しろその「かたち」が決まっていた。


 その他の心に残った本(2016年)。


長谷川櫂芭蕉の風雅──あるいは虚と実について』
○安田登『身体感覚で『芭蕉』を読みなおす。──『おくのほそ道』謎解きの旅』
大岡信紀貫之
大岡信萩原朔太郎
鎌田東二世阿弥──心身変容技法の思想』
○尼ヶ崎彬『日本のレトリック』
○海道龍一朗『室町耽美抄 花鏡』


津田一郎『心はすべて数学である』
ウィルヘルム・ヴォリンガー『ゴシック美術形式論』
九鬼周造『時間論 他二篇』
○河合俊雄他『〈こころ〉はどこから来て、どこへ行くか』
中沢新一『熊楠の星の時間』
佐藤公治『音を創る、音を聴く──音楽の協同的生成』
○藤田一照・永井均・山下良道『〈仏教3.0〉を哲学する』


安田理央『痴女の誕生──アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』
平田オリザ『下り坂をそろそろと下る』
○竹村公太郎『水力発電が日本を救う──今あるダムで年間2兆円超の電力を増やせる』
○東島誠・與那覇潤『日本の起源』
白井聡『戦後政治を終わらせる──永続敗戦の、その先へ』
○井手英策・古市将人・宮�啗雅人『分断社会を終わらせる──「だれもが受益者」という財政戦略』
高橋源一郎『丘の上のバカ──ぼくらの民主主義なんだぜ2』


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 いま読んでいる本のうち(すでに取り上げた『存在と時間──哲学探究1』や『伯爵夫人』を除いて)「心に残った本(2017年)」の候補になりそうなもの。大森本はほとんど読んでいるがなぜか読了感が湧いてこない。


大森荘蔵『物と心』
◎淺沼圭司『制作について──模倣、表現、そして引用』
赤瀬川原平山下裕二『日本美術応援団』
◎渡辺恒夫『夢の現象学・入門』
◎川田稔『柳田国男──知と社会構想の全貌』
五百旗頭真『大災害の時代──未来の国難に備えて』
中沢新一・小澤實『俳句の海に潜る』