2006-09-01から1ヶ月間の記事一覧
どうしても、この話題(「残光型記憶の存在様式=もうひとつの記憶のかたち」をめぐる)から離れられない。 以下に前回書き残したことの箇条書きや論証説明抜きの覚書を連ねて、一応の「決着」をつけておく。 ◎残響型記憶は肯定的世界観につながる。たとえば…
何を書いているのか(誰が考えているのか)自分でもよく判らないままに書き(考え)つづけていると、ずいぶん居心地の悪い思いがつのってくる。 でも、始めてしまったものは今さら後にひけない。もう少しつづけてみる。 昨日、最後に『羽生』から引用した文…
『残光』の後半、第二章から第三章にかけて、小島信夫自身による小島作品の引用につぐ引用が延々とつづく。 何十年も前に原稿を編集者に渡したきり一度も読み返したことがなかった作品、そういう意味では初めて読んだも同様の作品からの作者自身による引用。…
先週、小島信夫の『残光』を読み、今週、保坂和志の『途方に暮れて、人生論』を読んだ。 『残光』が出たのが5月、『途方』が4月で、買ったきりしばらく放置したままになっていた。 この春先から初夏にかけて、買ったまま放置している本はかなりたまってい…
あたかも「息をするように」(211頁)読み継ぎ、読み終えた。 ときには細く、長く息を継ぎ、ときには切迫し、息を詰め、そして最後は大きく深い息を吐きながら。 実によくできた書物だった。 巻頭から巻末に至るすべての頁をいろどる活字と図版と空白、それ…
一昨日から夏休みをとっている。つごう5連休で、今日が中日。 連休の初日の夜に岡山の湯原温泉で美作牛をしゃぶしゃぶとステーキで食べて、もちろん温泉にも三度ゆっくりつかって、翌日、蒜山高原を車でのんびりうろうろして、150円で買ったペットボトル…