丸谷才一と木田元

昨夜遅くまでワールドカップサッカー予選の日本対バーレーン戦を観て興奮したので、今日一日寝不足で躰と頭がすっきりしない。
試合も前半は緊張したけれど後半は散漫で観ていて辛かったし、中田ヒデの動きは最後までとてもスリリングだったけれど納得のいかない判定もあって北朝鮮戦には出場停止になってしまった。
気分がすっきりしない。
それでいろいろ目論んでいた休日の計画はいっさいうっちゃって、まず『モデルニテ・バロック』を少し読んでパースとベンヤミンを繋ぐミッシング・リンクの話(43頁)やギリシャ語のロゴスがラテン世界に入ってラチオとヴェルブム(世界を生み出すことば・息吹=神言)に分岐した話(52頁)やベンヤミン萩原朔太郎の二人に共通する根っこの話(57頁)などに刺激を受け、続いて最後の一章だけ残していた『ハイデガー拾い読み』を読了。
いろいろ「素材」を蒐集したものの込み入った思考をめぐらすのが面倒になり他日を期すことにして、最後に『綾とりで天の川』をだらしなく、ただただ丸谷才一さんの「受売り」の話芸に手玉にとられる愉悦に身をひたしながら読みすすめていくうち、この語り口はどこか木田元さんのハイデガー哲学の祖述・語り直しの話芸と通じていると思い、和田誠さんの装幀と挿絵を眺めているうち、ちょうど2年前にその素晴らしさを「発見」した小林信彦さんのコラム・シリーズを思った。