『数学史入門』

佐々木力『数学史入門──微分積分学の成立』を買った。
20周年を迎えたちくま(学芸)文庫から「Math & Science」というシリーズが出ることになった。
「通勤電車のなかにピュタゴラス、カフェにはアインシュタインがいたりしたら、面白いと思いませんか?」。
本書はその初回、ディラックの『一般相対性理論』やヒルベルトの『幾何学基礎論』と並んで刊行された書き下ろし。
書き下ろしといっても「あとがき」を読むと、著者がこの本の原稿を書いたのは昨年暮れから年明けにかけての2週間のこと。
「当初はどこかの新書向けにと計画していたのであったが,ちくま学芸文庫の一冊として吉田武著『オイラーの贈り物』が刊行されたのを思い起こし,その定評ある文庫の新たな一冊に加えていただくべく」筑摩書房編集局に提案したとある。


話はそれるが、ここに出てくる『オイラーの贈り物』は、序論「数学史とはいかなる学問か?」で言及される高木貞治著『近世数学史談』(岩波文庫)ともども、いつの日かまた心静かに読みかえしたい名著である(私が推奨するまでもないが)。
その『オイラーの贈り物』の文庫版あとがきには、著者吉田武が「駅の売店数学書が買える,これは“小さな事件”である」と感慨深く記しているらしい。
これはまさに数学と自然科学を中心とした「本格的理系文庫」発刊に寄せられるべき賛辞ではないかと思う。


あとがきには「わが国では数少ない数学史のプロフェッショナルである私が渾身の力をふりしぼって書き下ろした」とある。
ここまで書くのは相当な自信に裏打ちされてのことだろう。
私が選ぶ個人的な名著の殿堂入りを果たすかどうか、それは読んでみなければ判らない。
で、さっそくざっと斜め読みしたところ「ユーラシア数学」という聞き慣れない言葉が目に止まった。
その地理的条件から、アラビア数学はギリシャ数学とインド数学を特異に結合発展させる国際的な数学文化となって開花した。

 アラビア数学は,開花期の9世紀から,その成果が「12世紀ルネサンス」(Charles H. Haskins)の精力的な翻訳運動を介してキリスト教ヨーロッパ世界に伝えられるまで,世界史上,きわめて枢要な役割を担った.それは,前述のような国際的性格を有していたがゆえに,ユーラシア大陸全般にわたる数学文化としての特徴をもち,一般に「ユーラシア数学」(Eurasian mathematics)の一環として理解するのが適当であろう.われわれは,たとえば,中世ヨーロッパのピサの商人レオナルド(フィボナッチ=[一説では,ボナッチ家の子]という名前でも知られる.1170または1180頃−1240頃)以降の数学をごく単純に西欧数学と見なすかもしれないが,正確には,それをギリシャ,インド,アラビア,ヨーロッパの文化的特徴が混交した「ユーラシア数学」の西方的形態と呼ぶのが最も適当であろう.(98頁)


なお、創刊20周年を記念して、これまで文庫巻末に寄せられた「解説」から傑作・力作をセレクトしてつくった「どこにも売っていない「ちくま文庫」」が読者にプレゼントされるらしい。
そのためには、ちくま文庫か学芸文庫の新刊を2冊買わないといけない。あと一冊。
で、さっそく人選ならぬ本選を始めたところ、ちくま文庫来月の刊行予告に、橋本治『大江戸歌舞伎はこんなもの』やミシェル・ウェルベック素粒子』などと並び今泉文子訳『ノヴァーリス作品集Ⅰ』(全3巻)が掲げられているのを見つけた。
これに決まり。