環境金融

藤井良広著『金融で解く地球環境』(岩波書店)を読んでいる。
ときおりこういう種類の本が無性に読みたくなる。
こういう種類の本とは、時事、政治、経済、公共政策にかかわり、次の時代のエッジをうかがい知ることができるもの。
できればあまり厳密に学術的なものではなくて、世の中の生の動きに関する新鮮な情報がもりこまれた本。
冷静沈着、客観的かつ理論的でありながら、鎧の下から熱い思いがほの見えるような文体であればなおよい。
おのずから第一線のジャーナリストによる著書を手にすることになる。
ふだんあまり熱心に新聞を読まないものだから、時折こういう種類の本を読んで飢えを癒し、情報不足を補わないといけない。
その思いが高じて、勘をたよりに買ったのがこの本。
金融については、ここ数年しだいに私的な関心が高まっている。
金融システムのことがわからなければ世の中のことはわからない。
思想もわからない。
歴史も国際政治もわからない。
直観的にそう確信している。
といっても私の関心は、ジャネの理論は金利生活者的なメタファーに満ちている(中井久夫)とか、フロイトは株式市場で学んだ原理を無意識の欲動エネルギーの動きに見立て「リビドー経済」という画期的な理論を打ち出した(鹿島茂)とか、そういった偏ったところから始まったものだ。
オーソドックスな金融システム論プロパーの本にはなかなか食指が動かなかった。
これまで金融小説を時折読むくらいでごまかしてきたが、このあたりで腰をすえてみるか。
それからもう一つ。これはろくに読まないで言うことなのでいい加減な話だが、これまでからコモンズの経済とかエコロジー経済、等々の環境経済論は思想臭が強すぎると感じてきた。
いっそ「仏教経済論」を標榜するくらいの強かさがあれば別だが、思想(理想)を現実に織り込むための倫理的かつ「工学的」な技術論(つまり政策論)としては弱いのではないかと疑ってかかってきた。
ジェイン・ジェイコブズの『経済の本質』やベルナルド・リエターの『マネー崩壊』などはとても刺激的だったが、それでも「じゃあどうするか」という局面で思考が止まってしまう(思考が止まるのはもちろん私であって、ジェイコブズやリエターではない)。
その点、環境経済ではなく「環境金融」に焦点をあてた本書は、解毒剤として最適ではないかと思う(もちろん解毒剤が必要なのは私である)。
著者は日経新聞経済部の編集委員
後で気づいたことだが、私はこの人の名刺をもっている。
ある会合で何度かお会いして、言葉を交わしたことがある。
まことに「冷静沈着、客観的かつ理論的でありながら、鎧の下から熱い思いがほの見えるような」人物だった。
外連なく淡々と、しかしシャープに日本経済の現状を分析するその語り口は信頼できる。
神戸出身だということで、勝手な親しみも覚えた。