『黄金の華』

先日、日帰りで東京にでかけ、行き帰りの新幹線の中で、忙中閑の時間がとれた。
その日は神戸空港開港の日でもあり、一番機に乗る手もあったのだが、往復6時間弱の車中の読書時間の魅力が勝った。
鞄には「厳選」した本を二冊しのばせておいた。
トマス・ネーゲルの『コウモリであるとはどのようなことであるか』(永井均訳)と火坂雅志『黄金の華』(文春文庫)。
『コウモリ』は往路で表題作を再読・熟読する予定が、列車が動き出すと同時に猛烈な眠気に襲われて、2頁ほど読んだきりでそのまま熟睡。
読みたい哲学本は山ほどたまっているけれど、このところにわかに『コウモリ』への熱が高まっている。
なにかこの本を求めてやまないものが私の中にあるということだろう。
そのうち「激務」から解放されるはずなので、頭と心と躰をリフレッシュさせてからもう一度取り組むことにしよう。
なにか思考の兆しが芽生えたら、こんどの「マルジナリア」に書いてみよう。
復路では一転、座席に坐り頁を繰りはじめたとたん、終日続いた眠気がすうっと引いていった。
火坂雅志(ホサカカズシならぬヒサカマサシ)の小説を読むのは初めて。
というよりそういう作家がいるのも知らなかった。
時代小説を読むのはずいぶん久しぶり。
時代小説というより、「江戸の経済を創った男の生涯」という文庫カバーの謳い文句にぐっときて、金融小説として読むつもりで買った。
大御所家康の側に仕えた商人上がりの金銀改役・後藤庄三郎。
金銀改役(きんぎんあらためやく)というのは貨幣発行とその市場流通量を調整する役職で、今の日銀総裁のようなもの。
実際、後藤庄三郎の屋敷跡に日銀が建っている。
江戸時代、徳川幕府でさえうかうか手が出せない「三禁物」と称されるものがあって、後藤家代々の当主がもつ通貨発行権(金座、銀座の支配)が大奥、朝廷と並んでいたという。
家康はかねがね「金銀は政務第一の重事」と口にしていた(『貨幣秘録』)。
その家康の信任を一身に受け、「天下の黄金の流れを澱みなくさせ」た男。
経済小説、金融小説としては食い足りないが、史実にもとづき淡々と綴られるその半生の物語は地味ながら壮烈。
読後の清涼感は逸品。