「「街育」のすすめ」

三浦展編著の『脱ファスト風土宣言──商店街を救え!』を継続的に読んでいる。
私の神戸の居宅の近所で「ガーデンシティ舞多聞」というプロジェクトが進んでいる。
面白そうなので、「老後の住まい」の候補に資料を取り寄せてみた。
この事業にかかわっている神戸芸術工科大学の齋木崇人氏が「真の田園都市を目指して──神戸・舞多聞みついけプロジェクト」という文章を寄稿されている。
「歴史的経験に裏づけられたコミュニティの空間デザイン」や「経済の仕組みを取り込んだ地域コミュニティのマネージメント」といった魅力的な議論が展開されている(でも、もっともっと具体的な話が聞きたいと欲求不満が残る)。
今回書いておきたいのはこのことではなくて、編著者の三浦氏が執筆した序章「「街育[まちいく]」のすすめ──ファスト風土以外の環境に住むことは、われわれの基本的な権利だ」。
その冒頭に次の文章が出てくる。
ファスト風土のどこか問題か、という問いに対する八つの答えのうちの第一、「世界の均質化による地域固有の文化の喪失」を説明した節の出だしの文章。

本来風土というものは、その土地土地の自然に制約されている。自然が農林漁業のあり方を規定し、それがその土地で生産される手工業製品を規定する。したがって、それはその土地の産業、職業を規定し、そこからさらに生活や文化を規定する。こうしてできた生活や文化は、それ自体が文化風土・精神風土を形成し、その土地に生まれた人間を、他の土地に生まれ育った人間とは異なる人間として育てていく。だからこそ、その土地土地で異なる多様な風土を持った日本には、異なる地域文化があり、多様な人間性を生み出してきたといえるであろう。(15頁)

なんでもない平凡なことが書かれている。
そんなことはよく判っていると、つい読み飛ばしてしまいそうになる。
ここに書かれていること、「自然⇒農林漁業⇒手工業製品⇒産業・職業⇒生活・文化」⇒「文化風土・精神風土⇒人間性」の(二段階の、もしくは「産業・職業」の前にもう一つの切れ目を入れて三段階の)推移は、とても深いものだ。
人間を、というよりこの私自身を考える際、あるいは地域政策というときの「地域」の概念を定義する際に、最低限押さえておかなければならないことが指摘されている。
吉本隆明が「マルクス紀行」(『カール・マルクス』)で論じたマルクス思想の旅程、すなわち「自然哲学」「宗教・法・国家」「市民社会(経済学)」の三つ組ともかかわってくる。
だからどうした、と問われても困るが、とにかく私は三浦氏のこのフレーズを読んで、とても深いと思ったのだ。