【哥の勉強】哥と共感覚

 昨日書いたこととの関連で、いくつかの書物から気になった箇所を「拾い書き」しておく。


 昨日書いたことというのは、三浦雅志さんの「音楽が時間芸術であるよりもはるかに空間芸術、空間の変容にかかわる芸術であることが示される。人は時間にではなくまず空間に耳を澄ますのだ」が、哥がもたらす体験に通じていて、それは要するに(芸術体験の異称としての)身体経験のことなのではないかというものだった。
 私は、ここでいう「身体経験」とは、「共感覚」のことではないかと思い始めている。それが芸術体験一般に妥当することなのかどうかは別として、少なくとも、哥の体験は、視覚と聴覚と触覚が共感覚的に渾然一体となった身体の状態(ここでいう「身体の状態」には、記憶や知覚といった表象の状態、感情や感覚といった心理の状態も含めておく)をいうのものなのではないかということだ。
 私の言葉遣いは、本来の意味での共感覚とは違うもの(たとえば比喩表現)を、朦朧曖昧未分化なままで含んでいるのかもしれない。そこで、例によってウィキペディアで検索していて、次の文章が目にとまった。


共感覚者に、共感覚がいつ頃からありましたか、と尋ねると、たいてい「物心ついたときから」という答えが返ってくる。共感覚を持つことが検査によって確認された人が、誕生時、あるいはそれ以前から共感覚を持っていたということは、十分にありうる。生まれて二、三ヶ月の時期には、後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた、と言われる。》


 ここに「後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた」とあるけれども、「誰もが皆、共感覚を持っていた」ときの脳のニューロン結合の構造と、何事かを「思い出す」(思い出すのは、いつもきまって「後から」なのはどうしてか)ことができるようになった脳のニューロン結合の構造とは、たぶん異なるのだろう。
 だとすると、ある構造をもった脳(「思い出す」能力を備えた脳)をつかって、それとは異なる構造をもった脳(「思い出す」能力をもたない脳)のはたらきを「思い出す」ことは、そもそも「できる・できない」の範疇で論じられることではないだろう。
 もっというと、「誰もが皆、共感覚を持っていた」といわれるときの「持っていた」の意味は、「(共感覚を)体験していた」ということでなければならないと思うが、ここでも、もはや共感覚を体験できなくなった脳を使って共感覚の体験を思い出すことは、原理的に不可能だ。
 何をいいたいのかというと、「後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた」という言語表現は、どこか倒錯的で謎めいているということだ。
 そもそも、そういうことが言語を使って言えるようになるより以前の脳のはたらきを、それより後で言語能力を獲得した脳のはたらきを使って言語で表現することは、どう考えても倒錯的だ。(思い出すことと、言語を使えるようになることとは、実は同じ脳のはたらきなのではないだろうか。どちらも「後から」はたらく。)
 ところで、先の文章は「生まれて二、三ヶ月の時期には、後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた、と言われる」と書かれていた。ここで、そのように言うのは、たぶん脳科学者だろう。脳科学者が「誰もが皆、共感覚を持っていた」というときの「持っていた」は、「(共感覚を)体験していた」という意味ではない。いや、言葉としてはそういう意味なのだが、当の脳科学者が「体験していた」わけではない。「後から思い出すことは(誰にも)できない」のだから、それはありえない。そもそも、「誰もが体験していたこと」を、当の脳科学者が、わがこととして体験することは不可能だ。
 だとすると、脳科学者がいっているのは、「生まれて二、三ヶ月の時期には、誰もが、これこれしかじかの脳状態にあったのだから、その時期には、誰もが共感覚を体験していたに違いない」ということになる。しかし、この仮説は、決して実証されることがない。決して実証されることはないけれども、この仮説が正しいことはあり得る。そういう仮説、命題のことを形而上学的命題という。
 永井均さんが『私・今・そして神』(講談社新書)で、「私の場合にも他人の場合にも、心と脳を並置して、二つを並列的な観察対象とすることはできない。同時に入手できるのは、私が知覚する、しかし決してその知覚をつくりだしているのではない、脳だけである。このずれこそが、心脳問題が依然として哲学的問題であることの理由だろう」(77頁)と書いている。
 「後から思い出すことはできないけれども、誰もが皆、共感覚を持っていた」という表現がはらんでいるのは、「知覚」ではなくて「記憶(想起)」についての、正確にいうと、現在のそれではなく現在と過去にまたがる心脳問題だったのかもしれない。


 何を書いているのか(何を考えているのか)自分でもよくわからなくなってきたが、「誕生時、あるいはそれ以前から」は、胎児期、受精期、そして父母未生已然の、どこまでを指しているのだろうか。
 あるいは、「物心(ものごころ)」とは、いったいなんのことなのだろう。
 辞書的な意味でいうと、「世の中の物事や人間の感情などについて理解できる心。分別」とか「世の中の物事や人情について、おぼろげながら理解・判断できる心」のことで、英語に訳すと、たとえば「物心がつくようになってから」は‘ever since I can remember’、「物心がついて以来」は‘since I was old enough to understand things’になるらしい。
 どうやら「物心」とは、記憶や理解・判断といった脳のはたらきのことをいっているようだ。そういう意味での「物心」(「物=脳」の「心=はたらき」)は、「物」(みるもの、きくもの)に託して「心」に思うことを「言の葉」として詠み出す古今集歌人の「歌心(詩心)」と相通じているのだろうか。
 また、古今集歌人にとっての「物」を「クオリア」ととらえると、「物心(歌心)」がつくとは、たとえば視覚クオリアと聴覚クオリアと触覚クオリアが相互に分離され(体験としての共感覚の消失)、それらが「詞(クオリア憑きの言葉)」のうちに再結合される、ということになるのかどうか。


 前置き(というより、脱線)が長くなったし、混乱をきたし始めた。冒頭に書いた「拾い書き」は、次回に。