国学とプラグマティズム


 昨日の朝日の書評欄で、柄谷行人さんが『哲学を回避するアメリカ知識人』(コーネル・ウェスト著)に関連して、とても興味深い指摘をしていた。
 認識論を中心にした近代ヨーロッパの「哲学」を回避するアメリカ土着の哲学、つまりエマソンを源流とするプラグマティズム
「これは、日本でいえば、漢心(からごころ)を斥けた本居宣長に始まる「国学」に似ている。それは本来、大陸の「哲学」に対して、感情や行動を重視する柔軟な態度を意味したのである。」