『シネマと書店とスタジアム』

沢木耕太郎『シネマと書店とスタジアム』読了(書評とシネマ評で一部読み残したものがあるが、それは今後のお楽しみ)。
やはりこの人のスポーツ観戦記には得心がいかない。
「人間の物語」へのやや過剰気味の傾斜が散見される。
石川忠司との対談(『群像』10月号)で、保坂和志が「スポーツのよさって非人間的な次元で、その人の気持ちなんか関係のない次元なんだから、その次元で物事を肯定したり完結したりできない」と言っている。
スポーツには、結果がすべてだという意味でのリアリティ(実)とは別の次元のリアリティ(虚)がある。
それを「人間の物語」といえばそれまでだが、状況への「リアクション」がひらくこの「非人間的な次元」を透視しないかぎりすべては後付けの理屈の趣を呈することになる。
沢木耕太郎はすべてが終わった時点で書いている。
そのことが本書に収められたコラムの切れ味を生み出した。
読者(私)は一瞬われを忘れ、次の瞬間われに戻る。文章はつかの間の閃光を放ち消費されていく。
だが、それは決して非難されるべきことがらではない。