今まさに目の前に出現する現在形

 橋本治さんの『小林秀雄の恵み』は、第九章「「近世」という現実」、第十章「神と仏の国」と続く。
 「悲しいことをただ″悲しい″と受け入れたい」(373頁)本居宣長がいて、その本居宣長のことが、橋本治さんにはよく「分かる」。しかし、それは、小林秀雄が「思いたいような」本居宣長ではない。橋本治さんには、「近世人本居宣長のあり方や胸の内はわかるが、近代人小林秀雄の頭の中はよく分からない」(379頁)。


《「直毘霊」を書くことによって本居宣長は「皇国」という概念を明確に打ち出したが、この「皇国」は「皇国[ミクニ]」であって、「皇国[こうこく]」ではない。宣長の「皇国」は、彼が必要とする内的な概念で、彼が「皇国[こうこく]」の到来を望んでいたかどうかは分からないのだが、少なくとも宣長の時代の「皇国」は、「まだ到来していない未来」のものである。しかし、大日本帝国に生まれて四十三歳の年までそこにいた小林秀雄にとって、「皇国」はまぎれもなく存在する「実体を持った現在」であった。私にとって、「皇国」は「終わってしまった過去」に属するものである。つまり、それが「現実の現在ではない」という点で、私は本居宣長と同じなのである。本居宣長の考え方は分かるが、小林秀雄の考え方はよく分からないというのは、もしかしたら、そんなところに由来するのかもしれないが、しかし、こんな話がなんの意味を持つのか? それは、「受け手である日本人と、日本神話の関係」というところで、大きな意味を持つ。つまり、「我」なる日本人は、日本人全体を覆う形で存在する日本神話のどこに居場所を見出しうるのか、ということである。》(380-381頁)


 最後の、「「我」なる日本人は、日本人全体を覆う形で存在する日本神話のどこに居場所を見出しうるのか」という問いは、分かりにくい。
 橋本治さんの議論をかいつまんでみる。
 日本神話は、アダムとイブの神話とは違って、「神が人を創造する」という記述を持たない。イザナギイザナミ両神が生むのは「国」だけである。日本の始まりと皇室の始まりは語るが、「日本人の始まり」は語らない。神や皇統につながらない普通の日本人は、「いつの間にかいるのである」。普通の日本人は、「店子」なのである。


《やがてはここに、天から統治者が下って来る。「人」は、家主でも地主でもなくて、ここに寄留する店子になる。家主の一族はその後に様々なドラマを惹き起こすが、店子からすれば「別の世界の出来事」で、店子は店子としてのありようを侵されない――これが『古事記』なのである。それは「人の歴史」ではないが、「我々はここにいるのか」と思ってしまえば、十分に「これを我々の歴史のスタート地点にしてもいいや」ということにはなる。本居宣長はそのように考えていただろうというのが、私の結論である。
 日本の神話は、日本人に村落共同体のあり方をそのまま提出してしまう。ムラの暮らしを成り立たせる要所要所には「管理者」としての神が配置されている。そういうところで暮らす人間は、村落共同体の長に従って、生活を維持することが出来る。がしかし、ここにたった一つ存在しないものは、ムラ人一人一人の「個」に対応する神である。疫病が発生すれば、それは「過津日神[マガツヒノカミ]」が跳梁する仕業かもしれないが、一人の一人間が病気になった時、これを「治す」という形で対応する神が、日本にはいないのである――海の向こうから「薬師如来」という異教の仏がやって来るまで。日本人にとって仏教は、そのように「個に対応する神」として存在するのである。そして、第八章でも言ったように、村落共同体的世界に住まう日本人にとって「個に対応する神」であるような仏は、「同伴者」としてしか存在しないのである。
 仏を「ゴール」にしても、それは「死んで極楽浄土へ行くことを導いてくれる」にしかならない。仏は「同伴者」として存在して、「では、この胸の寂寥はどのように解決すればいいのでしょうか?」ということに対する答は、どこからも来ない。しかも、「それを考えてはならない」という禁忌は、実のところどこにもない。ただ、「私の胸の内の寂寥は、いかがすれば?」という問いに対する答が、どこにもないだけなのである。それは、「考えたければ考えてもいい」という質のものなのである。だから、本居宣長は考えた。彼にとって必要な答は、ただ一つ、《人の情[ココロ]の、事にふれて感[ウゴ]く》――このことが大昔から事実として認められていたということだけなのである。
 たったそれだけのことに関して、ピンとこない人は一向にピンとこない。ただそれだけのことである。》(391-392頁)


 これが、第十章の末尾の文。で、橋本治さんは、結局のところ、何が言いたかったのか?
 一つ補足しておくと、本居宣長にとって、「『古事記』の方が(少なくとも神代の巻は)、『日本書紀』より面白い」。その意味は、「『日本書紀』は漢文で、『古事記』は漢文ではない」といったことにあるのではなくて、正史であろうとする『日本書紀』が、最初の三柱の神が出現するまでの状況をあれこれ語ろうとするのに対して、『古事記』では、神はいきなり出現してしまう、その「今まさに目の前に出現する現在形」で叙述する「書き様」の違いにあるのである。


《なにしろ「いきなりの現在形」である。記述されるもの、登場人物達が躍動している。本居宣長はそれを面白い[エキサイティング]と思い、「どうしてこっちを正史にしないんだ!」と言っているのである。本居宣長の言うところは、「人のあり方のリアリティ=躍動感を前提にしないで、歴史などはない」なのである。《凡て神代の伝説[ツタエゴト]は、みな実事[マコトノコト]にて》とは、こういう論脈に載せて、初めて意味を持つ。》(389頁)


(この「人のあり方のリアリティ=躍動感を前提にしないで、歴史などはない」は、坂部恵さんが『かたり』の冒頭に引く折口信夫の、「わたしどもには、歴史と伝説との間に、さう鮮やかなくぎりをつけて考へることは出来ません。(略)史論の効果は当然具体的に現れて来なければならぬもので、小説か或は更に進んで劇の形を採らねばならぬと考へます。」云々という、「身毒丸」末尾の附言を想起させる。)


 で、橋本治さんは、結局のところ、何が言いたかったのだろう?