チェスの比喩と映画の比喩─永井均が語ったこと(その16)

永井哲学に「ひたりつく」のはまた別の機会にして、ここではあくまで永井哲学を「使う」立場に徹する。 で、四番目の話題。四番目といっても、それは独立したものというよりは最初の話題「空っぽの〈私〉と歌の器」の補遺のようなものになると思う。 『〈仏…

四つの私的言語、補遺─永井均が語ったこと(その15)

書き残したことをいくつか。 その1. 「風間くんの「質問=批判」と『私・今・そして神』」で言及された次の文章に、「西洋哲学史全体」にかかわる四つの問題が出てくる。 《ともあれ、神の存在論的証明をめぐる哲学史上の所説、現実世界の位置をめぐる可能…

私・今・神・そして愛─永井均が語ったこと(その14)

いま『改訂版 なぜ意識は実在しないのか』を毎日少量ずつ服薬するように読んでいて(服読?)、今朝読んだところにこんなくだりがあった。以下、前後の文脈は気にせずに引用。 《しかし、これは「実際に痛みを体験する/しない」ということを実体化し、対象…

四つの私的言語、承前─永井均が語ったこと(その13)

「私」「いま」「ここ」をパースペクティヴの三つのエレメントになぞらえるとすれば、「感情」もしくは「相貌」はパースペクティヴの第四のエレメントになる。 (「感情」もしくは「相貌」に代わる表現、「私」「今」「ここ」に匹敵する簡便な言い方が思いつ…

四つの私的言語─永井均が語ったこと(その12)

私はかねてから「四つの私的言語」という仮説をたてている。 この連載の3回目に紹介した「哥とクオリア/ペルソナと哥」の重要テーマで、これから本格的に取り組むことになると思う。 その仮説の起点は永井均さんの私的言語論にある。だから前回、前々回に…

人称と時制と様相、承前─永井均が語ったこと(その11)

第三章での永井均さんの関連する発言も引く。 「人称と時制の方が様相よりも一段と根源的じゃないですか」という藤田一照さんの問いに答えて。 《そうです。様相は後から作ったから、あまりない言語もありますし。しかし、人称と時制は必ずあって、日本語だ…

人称と時制と様相─永井均が語ったこと(その10)

「累進構造」にはこれ以上立ち入らない。(『〈仏教3.0〉を哲学する』に登場しないから。) が、パースペクティヴの方は、これから始める第三の話題に関係してくると思う。 『〈仏教3.0〉を哲学する』第二章の最後で、永井均さんはこんなことを語ってい…

パースペクティヴと累進構造─永井均が語ったこと(その9)

永井=内山の「世界四段階説」の概要を読みながら、というより『〈仏教3.0〉を哲学する』に引用されたいくつかの図を眺めながら、この図はいったい誰が、どの視点から世界を観察して描いたものなのかが気になっていた。 これは、独在者の複数性や世界の複…

世界四段階説、承前─永井均が語ったこと(その8)

永井均さんが述べていること(精確には、永井均さんが要約している内山老師の議論)を整理する。 ◎第一段階、全然切れている世界。リアルな断絶の世界。「私秘性」の世界。言語以前の世界。 ◎第二段階、コトバやお金で繋がっている世界。「よしあし、好き嫌…

世界四段階説─永井均が語ったこと(その7)

話がすっかり『〈仏教3.0〉を哲学する』から離れていった。「空っぽの〈私〉と歌の器」に続く第二の話題に移る。 まず、第二章での永井均さんの発言を、前後の文脈抜きにまるごと引く。 《つまり、三段階あるということなんですよ。まず、全然切れている世…

台本・演出家・そして演じつつある私─永井均が語ったこと(その6)

短歌(和歌)と永井哲学の関係をめぐって、以前から気になっていたことの一端を(いわば備忘録として、その素材だけ)書いておく。 その1. 永井均さんは『なぜ意識は実在しないのか』の「はじめに」で、哲学書は「台本」で、哲学者=永井は下手くそで拙い…

『誰にもわからない短歌入門』─永井均が語ったこと(その5)

その2. 永井均さんのツイッターの記事(2016年9月18日、9月19日)。 ………………………… ゼミ合宿中に学生の一人に『誰にも分からない短歌入門』をもらったので(といってもお金を払ったから買ったともいえるが)読んでいる。「誰にも分からない」という触れ込みに…

永井均の「鳴き声」─永井均が語ったこと(その4)

短歌(和歌)と永井均の哲学をめぐって。 その1. 『哲学の賑やかな呟き』に「吉本隆明について 2011.4.27」という文章が収録されている。 永井均さんはそこで、『言語にとって美とはなにか』や『最後の親鸞』や『源実朝』の読書歴を披露し、「私は文芸理論…

空っぽの器─永井均が語ったこと(その3)

永井均の第一アリアを聴きながら、私はたまたま同時並行的に読み進めていた書物のことを思った。 その書物とは安藤礼二編『折口信夫文芸論集』。そこに収められた「俳句と近代詩」のなかで折口信夫は、短歌(和歌)は「無内容」だと語っている。 《たとえば…

空っぽのアリア─永井均が語ったこと(その2)

鼎談で、永井均さんは何度か、請われて「永井哲学」のエッセンスを語る。歌うように語る。 その最初の「アリア」で、無心というときの「心」(=実存)とマインドフルネスの「マインド」(=本質)の違いを語っている(第一章、32-40頁)。 無心、無我という…

『〈仏教3.0〉を哲学する』で永井均が語ったこと(その1)

期せずして本書は「永井哲学」の入門書としても役立つものになっている。永井均さんは『〈仏教3.0〉を哲学する』の「鼎談の後に(二)」でそう書いている。 永井均が「永井哲学」を自称するのは、かなり珍しいことなのではないかと思う。 『〈私〉のメタフ…

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心に残った本(2015年)

★尼ヶ崎彬『ことばと身体』(勁草書房:1990.1.30) ★新川哲雄『「生きたるもの」の思想──日本の美論とその基調』(ぺりかん社:1985.5.10) コーラに連載している「哥とクオリア/ペルソナと哥」の参考書として読んだものから二冊。他に江藤淳『近代以前』…

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フランソワーズ・アルディ

今年の初買いは、篠綾子さんの『幻の神器』。定家が探偵役をつとめる平安京ミステリー、「藤原定家・謎合秘帖」シリーズの第一弾。胸が躍る。 その翌日、なんの脈絡もなくフランソワーズ・アルディの『私小説』と『夜のフランソワーズ』を購入した。 『私小…

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本が読めない

ほぼ一月ちかく、宇田亮一さんの『吉本隆明 “心”から読み解く思想』を読んでいる。 フレミングの法則を下敷きにして、吉本三部作の鍵概念、現生的疎外・純粋疎外、共同幻想・対幻想・個人幻想、指示表出・自己表出(体壁表出・内臓表出)を、まるで工具がな…

メカニカルな感覚、時間の劇。

吉本隆明の詩を読みたいと思っている。 その直接のきっかけは、中沢新一編著『吉本隆明の経済学』の第二部「経済学の詩的構造」を立ち読みしたこと。 いわく、人間の心の仕組みの奥には「詩的構造」と名づけるしかない根源的な活動があって、いっさいの心的…

和歌の勉強

三浦しをんさんが讀賣の読書欄(9月21日)で大絶賛していた、放送大学の講義「和歌文学の世界」──「和歌第二シーズン、バージョンアップしています!」(三浦しをん)──の第2学期分を毎週かかさず見ている。 全15回の第7回、佳境の「藤原定家の方法」ま…

国学とプラグマティズム

昨日の朝日の書評欄で、柄谷行人さんが『哲学を回避するアメリカ知識人』(コーネル・ウェスト著)に関連して、とても興味深い指摘をしていた。 認識論を中心にした近代ヨーロッパの「哲学」を回避するアメリカ土着の哲学、つまりエマソンを源流とするプラグ…

クローデルを探して

先週末、私用公用とりまぜた2泊3日の東京行きの車中の友を選ぶのに四苦八苦した。 ずいぶん前から『寒い国から帰ってきたスパイ』に決めていたのに、当日の朝になって『逢坂の六人』に変更し、その後あれこれとりかえたあげく、最終的に平凡社ライブラリー…

夢の中に生きている貫之

周防柳さんの『逢坂の六人』を読み始めた。まだ序のなかばあたりを彷徨っている。 紀貫之が主要人物で、「六人 The Magnificent Six」とは六歌仙のこと。目次(美しい!)をながめていると、貫之が狂言廻しになって、連作小説風に物語が進行していくので…